古墳時代:4世紀前半
作成:210221 / 更新:210405
古墳時代の幕開け
弥生時代の後半にかけて、銅鐸は巨大化し突如消えた。代わりに銅鏡が現れ、古墳時代へと移っていく。あらためて、弥生時代から古墳時代までの流れを中国の歴史書でおさらいしてみる。
■紀元前1世紀頃(『漢書』地理志)
倭は百余国に分立している。朝鮮半島の楽浪郡を通じて前漢に朝貢する国もある。
■57年(『後漢書』東夷伝)
倭の奴国(なこく)の王が後漢に朝貢。金印を授かる。
■107年(『後漢書』東夷伝)
倭国王である帥升(すいしょう)が生口(せいこう = 奴隷)160人を後漢安帝に献上。
■2世紀後半(『後漢書』東夷伝)
桓帝・霊帝の時代に、倭国で大乱がおこる。
■239年(『三国志』魏志倭人伝)
倭国で女王卑弥呼が共立される。
難庄米が帯方郡を経由して魏に派遣される。
明帝から親魏倭王の称号や銅鏡百枚を授かる。
■247年頃(『三国志』魏志倭人伝)
卑弥呼が死去し、径100余歩の塚を作る。
壱与(台与)が魏帝に生口30人等を献上。
■266年(『晋書』)
倭の女王が西晋の洛陽に朝貢。
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空白の150年
(空白の4世紀)
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(■391年:高句麗の好太王碑に倭国軍との交戦記録)
■413年(『晋書』)
倭国が東晋に朝貢。
■421年(『宋書』倭国伝)
倭王の讃(さん)が宋に朝貢。
※讃は倭の五王の一人。第15代応神天皇といわれている。
空白の150年の前後で弥生時代が終わり、古墳時代(ヤマト王権)が始まっているだが、この期間はとにかく謎が多い。
・魏志倭人伝に邪馬台国の記述があるが、どこにあったか分からない(畿内説/九州説論争)。
・卑弥呼が邪馬台国の女王であるという記述はない。卑弥呼は倭国や女王国の王と記載されている。
・卑弥呼の百枚の銅鏡や径100余歩の塚が特定されていない。
・邪馬台国とヤマト王権の関係性がはっきりしていない。
※著者の時代は大和朝廷と習ったが、現在はヤマト王権という名称が一般的。また、ヤマト王権を中心とする広域連合をヤマト政権と呼ぶ。
銅鏡と前方後円墳の登場
弥生時代の方形周溝墓や墳丘墓の後に登場した前方後円墳は、鹿児島から岩手まで広く分布し、約5000基が見つかっている。朝鮮半島の南端で類似形状の古墳が見つかっているが、ほぼ日本独自のものとされる。
2世紀後半に突如出現した奈良県の纏向遺跡(まきむくいせき)、そこで3世紀後半に建造された箸墓古墳(はしはかこふん)が最初の前方後円墳とされ、卑弥呼の墓や邪馬台国/ヤマト王権の中心地と考える説もある。
赤門上古墳
浜北を一望できる丘の上にある赤門上古墳は、4世紀前半につくられた浜松で確認できる最古の前方後円墳。全長は56.3m、高さ4.9mの大きさ。1963年に浜名高校による発掘調査が行われており、クスノキを朱色に染めた木棺に石の首飾りをして埋葬された痕跡が確認されている。
土で覆われているが、前方後円墳であることがハッキリと分かる形をしている。実はこの時、後円部の埋設地にカメラを向けたら、液晶画面が一瞬途切れたように見えた。史跡といっても、ここがお墓であることを忘れるな、ということなのだろう。
三角縁神獣鏡
赤門上古墳からは鉄製の武器や農具が発掘しているが、一番の目玉は教科書でもお馴染みの三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)だ。実物は市民ミュージアム浜北の2階展示室にあり、近くで見ると三角縁をはっきり確認できる。
三角縁神獣鏡は全国で500枚以上出土しているが、中国では出土していない。国産説もあるが、製作遺跡が見つかっていないという不思議な鏡である。
一口に三角縁神獣鏡といっても100種類以上の型があり、赤門上古墳で出土した銅鏡は、正確には三角縁天王日月・唐草文帯四神四獣鏡という名称。同じ鋳型で作られたものが、奈良県天理市の黒塚古墳などでも出土している。浜松と近畿地方のつながりを示している。
うちの古墳めぐりコース
赤門上古墳の周辺は住宅地だが、他にも古墳が散在していて、「うちの(内野)古墳めぐりコース」として整備されている。ところどころに標識があり、ちょっとしたオリエンテーリング気分。この日は山の神古墳と稲荷山古墳も訪問した。ちなみに、前方後円墳を含めて、浜松市内では約1700基の古墳が発見されている。
赤門上古墳
〒434-0045 静岡県浜松市浜北区内野台4丁目1-2
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市民ミュージアム浜北
〒434-0038 静岡県浜松市浜北区貴布祢291−1
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参考資料
浜松市市民部文化財課『はままつの渡来文化と埴輪群像』
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市民ミュージアム浜北
〒434-0038 静岡県浜松市浜北区貴布祢291−1
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参考資料
浜松市市民部文化財課『はままつの渡来文化と埴輪群像』
若狭徹『古墳時代ハンドブック』(新泉社、2013)
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